「Crazy完全な大人」雑談

Sexy 完全な大人になるまでは もうちょっと でしょ!

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Crazy完全な大人の曲を、最近、細かく聴いてる。

曲を細かく聴くときは、コードとメロディーの音をとっている。

この曲、実はよくコードが採取できなかった。途中でやってる事が、聞きなれない響きだったので、どうなってるか、わからなかった。

「この世には~」と「毎日を~」は、ほとんどメロディが同じなのだが、コード進行が違う。「この世には~」はベースがC#固定、「毎日を~」はベースラインが動く

同様に、「無邪気な~」「肩こる~」もメロディはほとんど同じなのに、ベースラインやコードが違う進行をする。無邪気なはおそらく固定C#だが、肩こるからはベースラインが動く。またコードの進行も少々変わった音だ。

 

この同じメロディなのに、ベースラインとコードがバラバラに別個に進行していくおかげで、耳が騙されてしまって、何をやってるのか、よくわからなくなってしまう。

 

コードとか聞けない人でも、おそらくこの、だまし絵のような色合いが耳に届いているハズであり、この曲の印象を強く形作っているのだと思う。

普通、同じメロディには同じコード進行をさせるものだが、この曲は違う。だまし絵のように、同じ身長なのに、背景が違うから、身長が変わって見える、みたいな効果だ。

 

サビ前のコード進行もひとひねりあって、ハロプロの曲には珍しく、コード進行がおしゃれだ。

 

メロディも最近のハロプロ曲と比べて、美メロディ系の曲で、だまし絵のような動いているか動いていないかわからないコード進行という背景に、美しいメロディが描かれて、美しい曲だなと思った。

 

ハロプロにありがちな、技術が破綻してる部分もなく、きちっとしたパーツがきちっとハマっているうえに、コードをちゃんと聞かせている、(ハロプロ的に)稀有な曲。

J-POP的にも、こうした「ちゃんとした曲」は少なく、ハロプロでも本気を出せば、またJ-POPでも気概がある人なら、ちゃんとした曲が作れるんだなぁ、と思う曲だ。

古い知識でバンドサウンドをカラオケにして、歌唱している、インストと歌が分離している、しょせんJ-POPという、カラオケショーではない曲だ。

 

逆に、2013年以降の℃-ute曲が聴きにくい人には、カラオケショーに慣れすぎた人が多いのかなとも、ふと思った。耳が歌ばっか聴いてるひとは、バックサウンドを盛り上げ役くらいにしか聞けてないから、

インストと歌とリズムが絡み合ってる、複音楽を聞く耳を持っていない。耳が慣れてくれば、そういうのが聞こえてくるハズだし、さらになれると、カラオケショーが、いかに、歌とは全く無関係なサウンドでなっていたか驚愕する事実を聞ける耳を持つだろうと思う。

ハロプロが好きな人に、将来的にもこれが聞こえないとなると、10年以上続いている、つんくちゃんの「日本の音楽に対する挑戦」は、なんだったのだろうと虚しく感じてしまう。

 

ハロプロの個々のグループに関しては、音楽プロデューサーはそれぞれ変えるべきだとも思うし、アップフロントの音楽制作技術に関しては、色々と非常に疑問を覚えるものだが、

つんくちゃんの音楽の進歩に対する十年以上にも及ぶ挑戦と理想については、非常に気高いものであり、統合プロデューサーとして常に音楽への挑戦をやり続けて欲しいものだ。

また、アップフロントに関しても、最終的に、タレント>企業体、という会社であり、たとえば℃-uteに関しては、本来、会社の論理にあっているグループではないのだから、潰されても当然だし、合わないことや、すぐに「売れる」ものをおしつけられても当然なのだが、あまりそういう事をせず、本人たちに合う音楽と、売り出し方を、スタッフの技術は足りなくても、タレントに似合ったやり方で、と真摯に音楽とプロモーションに向き合うアップフロントは、大変に信頼のおける企業だと思う。

 

本人たちの音楽と、たいへん合うような音楽を作ろうとする姿勢が、はっきり見えており、安易に売れる音楽を作ることはない、のが、毎回の曲の分析から透けて見えてくる。(何度もいうように、作り手に得手不得手があるから、そこらへんを修正しろと言っているが)

音楽に対して、大変に信頼できる企業だと思う(それを実現するだけの、技術がなかなか足りてないが)

夢がある企業だ。芸能界なのだから、そういう夢のある企業も良いのではないかと思う。

雑だな、技術がないな、と思うことも多いが、そういうおおらかさが、夢を育んでいるところもあり、所詮ハロプロクオリティー(笑。と思いながらも、楽しくアップフロントにお付き合いしている。